最終更新日2000.07.14

国際結婚体験記

中国人の夫と結婚して、思ったこと、感じたことなどを書いてます。
よかったら私の話にお付き合いください。

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二人の出会い

両親への挨拶

やっぱり大変だった新居探(後日談の後日談追加)

「ほっけの開き」が救った新婚時代!?

「こたつ」はお年寄りしか入らない??

中国式食べ合わせ


二人の出会い

  みん(←旦那の名前)の存在を知ったのは私がまだ20歳そこそこぐらいの時だった。友達から私にぴったりの人がいるから会ってみないか?という話があったのだ。そのぴったりの人というのがみんだった。その頃は「中国人」と付き合うといか「外国人」と付き合う気などぜんぜんなかったので、すぐに断った。話はそれで終わったはずだったのだが、数年後にカラオケ屋(←中国語の)でばったり会う事になろうとは・・・。世の中が狭いのか、「縁」があったからなのか。




両親への挨拶

 私はみんと付き合っている事は両親には内緒にしていた。その頃私には中国人の友人がたくさんいたので家に電話がかかってきても友達の一人だとずっと誤魔化していたのだ。だから突然「中国人の彼と結婚したい」と言い出した時両親は面食らっていた。私はある程度の混乱は見越していたので香港旅行前日の夜に突然「実は中国人の彼と付き合っていて、結婚も考えている」と話を切り出し、翌日にはさっさと香港へ飛びだってしまったのだ。(親不孝者かな・・・)でもこの空白期間が結構よかった。お互いに考える時間が出来て帰ってきてから冷静に話し合えたし。話し合いの結果はとりあえず相手に会って話してみるというもので、みんと私の両親の初対面が実現した。初対面当日、みんはス−ツ姿で豆大福(父親の大好物)片手にやってきた。ものすごく緊張しているのは一目みてわかる程で私はみんの日本語がおかしくならないか気が気でなかった。父親はみんに仕事の事、日本でやっていく自信があるのか?、娘を幸せにできるのか、中国人と結婚したいと聞いて正直戸惑っているが君はどう思うか?などと質問をし、みんはそれにひとつひとつ言葉を選びながら答えていった。結局最後には父親と打ち解けて結婚のOKを貰ったのでした。(もっといろいろ混乱するだろうなと思っていた私は拍子抜けしてしまいました。これも全部みんの人徳かな!?)




やっぱり大変だった新居探し

 外国人の住居探しは大変だと聞いていたが、まさか自分達がこんなに苦労するとは思わなかった。今住んでいる地区(東京某所)の不動産屋は全部回ったと思う。お部屋の下見をしてここがいいと決めても大家さんに断られてしまうのだ。理由を聞くとはっきりとは言わないのだが「外国人だから」という理由らしい。最後には親戚のつてを頼って知り合いの大家さんを紹介してもらいやっと決まりました。(国際化社会だと言ってもまだまだ閉鎖的な所が残っているんだなと実感した出来事でした。)

*****後日談*****
それから2年後・・・
今住んでいる所はいろいろと不便があって、更新をしないで引越しをしよう!という事になり再び住居探しを再開。
2年前と何にも変わっておらん(−−;
外国人だってわかると大家さんが渋るのだ。この前も物件を見て「ここがいい!」と決めて後は大家さんの返事次第という段階まで
こぎつけたのだが・・・、大家さんの回答が「あと一ヶ月待ってみて誰も来なかったら私達に決める」というものだった
それってどういう事!?ウチらはキ−プかっ!?
回答を聞いてすぐにこちらからお断りしました。はぁ、また振り出しだっ
つづく

*****後日談の後日談*****
今回も結局、「紹介」で決まりました!
紹介してくれたのはみんの友達(もちもん中国人)。
物件は申し分ない程良くて気に入っているんだけどねぇ。
不動産屋がさぁ、ちょっとちょっと言う感じで。
書類の手続きの為に前もって約束してあった時間に事務所に行ったら相手の方が居ない。
どうしたんだろう?と思い携帯電話に掛けて見ると、
「あっ、今大事な所で手が離せないからこっちにまで来てくれる?」
「そうなんですか。で、どちらまで行けばよろしいんでしょうか?」
「マ−ジャン倶楽部トミって所なんだけど」
「・・・・・・・(−−メ」
怒り狂う私をみんが必死になだめる。
「彼はほとんど中国人だから。ねっ。中国ではこういう事当たり前なんだから。」←このなだめ方もめちゃくちゃだっ。
マ−ジャン倶楽部に入るのはイヤだと粘った甲斐あって彼は表に出てきた。(←当たり前じゃっ)
夜の新宿・・・ソ−プの看板に囲まれる中、契約書を広げて必死に隅から隅まで読んだ。
あの夜の事は一生夢に出てきそうな感じがする。




「ほっけの開き」が救った新婚時代!?

 結婚当初は「こんなはずじゃなかった」の連続でした。お互いに理想の結婚生活というものがあって、結婚したら相手がこう変わってくれるだろうと勝手にお互いの事を決め付けていたのが一番の原因だったのかもしれません。私の理想の結婚生活というものがあって、それは私の両親のような結婚生活でした。だからみんが少しでも私の考える事と違う事を言ったり、したりすると「日本人はそんなことしない、日本にいるのだから日本人のようにしてよっ」(今思えばめちゃくちゃな言い分なのですが(^^;)と彼の言い分を頭ごなしに否定していました。みんはみんで「もしも中国人の奥さんだったら、こんな事は言わない」と私に強く中国人のようになるよう事あるごとに強要してきました。あの日も会社から帰ってきたばかりのみんをつかまえて私の気持ちがどんなに傷ついているのか、苦しいのか、もうダメだから「離婚」も考えて欲しいと一方的にまくしたてていました。みんは「会社から帰ってきたばかりでお腹も空いてるから、ご飯を食べた後話し合おう」と繰り返し言い、私は二人にとって重大な話し合いをしようとしてるのにご飯が先だなんて何言ってるの!とかなりキレていました。それでもみんは箸をもってご飯を食べようとし、私はそれを見てまた更にキレて怒鳴りちらしていました。その時みんが「うるさいっ、僕はご飯が食べたいんだっ!」と箸でほっけの開きをぶすっと突き刺したのです。突き刺されたほっけはお皿の上をすべって、宙に浮かび更にみんの頭の上にポンと乗っかったではありませんか!?私は怒りも忘れて不覚にも「ぶっ」と噴出してしまい、みんは私の笑った姿をみて「すごい顔して笑ってる」と笑い、二人でお互いの姿を見て笑ってしまいました。
 その時、結婚して初めて心が「通った」ような気がします。気が付けば結婚してから「理想」にばかりとらわれて、あ-じゃなくちゃ、こ-じゃなくちゃいけないと、ちっとも二人の結婚生活を楽しんでいなかった。せっかく好きな人と結婚したのだから楽しんでもいいのではないか?みんが起こしてくれた「ほっけの開き」騒動??で離婚の危機??を脱したのでした。(夫婦喧嘩は犬も食わない、なんて昔の人はよく言ったもんだなんて感心する今日この頃です)




「こたつ」はお年寄りしか入らない??

 私が冬になってゆずれないもの、それは「こたつ」。それがみんには気にいらないらしい。その理由というのが「こたつに入っている日本人の若い人を見た事がない」から。はぁ?????と首を傾げたくなる、何でも自分の日本人の友達の家でこたつを出している人がいないというのが一番の理由らしい。彼の頭の中で「こたつ」=お年よりが使うものという勝手な図式が出来上がっているのだ。おぉこれが国際結婚なのね!日本人同士だったらこんな事問題にならないだろうし。でも、みんの中国人のお友達が我が家に遊びに来た時、喜んでこたつに入っていたのでこれは国際結婚というより、みんが問題みたいだ(^^;、去年、今年とみんは自分が「若いから」という理由でこたつに一回も入らない・・・毎日こたつにはいっている私はどうなるのだろうか・・・。


中国式食べ合わせ

 みんは食べ物の食べ合わせにうるさい。これとこれを食べると体の中で毒素が発生するという事が書いてある本を持っていて(ホントかなぁ(^^;)私が作った料理の材料を聞き出し細かくチェックするのだ。もし、その中に書いてある食べ合わせの悪い食材が使われていたら一切箸をつけない(;;)。私は食べあわせが悪いなんてウナギと梅干ぐらいしか知らなかったから、最初はかなり戸惑った。でも、中国の実家に行ってお母さんのお母さん(おばあちゃんだよね?)に会った時考えが変わったのだ。90歳を過ぎているというおばあちゃんはお肌がツルツル!それに特に化粧らしい化粧もしていないお姉さんもお母さんもとっても肌がキレイだったのだ!確かに、向こうでも食べ物の食べ合わせにはうるさかったし(^^;いちがいにインチキとは言えないかも・・・なんて思ったりして。



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